そうてゃんの発狂五月雨チンジャオランド🌎

ブログでは一人称が僕になります。

[あらすじ]
恋に恋する受験生(中3)・沙織は、勉強に追われる日々の中、脳内彼氏・伸悟とのラブラブハッピーライフを満喫していた。
しかしある日、伸悟が謎の存在に捕らえられ、2人の生活はめちゃくちゃにされてしまう───。
沙織は愛しの脳内彼氏を取り戻すことができるのか!?
アドレナリンセロトニン暴発ギガンティックファンタスティックコスメティックラブストーリーが、今、始まる。

 

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朝が来た。今日も結局、朝が来た。

カーテン越しに見える空は明るい。24時間ごとに訪れる、いつも通りの朝。

どんなに祈っても、時間が止まったり、戻ったりすることはない。夜に寝れば「明日」は来る。いや、寝なくても来る。入試本番は、一歩ずつ確実に近づいている。

正直そこまで不安を抱えてるってわけじゃない。別にあたしは勉強ができるほうではないけど、目指してるところは地元の公立高校だし、こないだの面談でも「この調子で頑張れば大丈夫」みたいなこと言われたし。

でも本番が近づいて来るというのは、否応なしに緊張する。あたし自身、自分が本番に弱いタイプということを自覚しているから、より一層。

「天は人の上に人を造らず」と一万円札の人は言ったらしい。あたしは正直、間違ってると思う。あたしの周りだけでも、天に二物も三物も与えられたような人間が一定数存在する。間違ったこと言っても一万円札の顔になれるんだ。

ただ、全人類に平等に与えられているものは、一応存在する。それは時間。橋本環奈とあたしは月とスッポンどころかアンドロメダ銀河とゴキブリだけど、たったひとつだけ、あたしたちには共通点がある。あたしの一日は24時間、橋本環奈の一日も24時間。羽生結弦も24時間。吉沢亮も24時間。

時間だけは、みんな平等なのだ。

てことは、その24時間をどう過ごすか。それによって人生の充実度は変わってくる。 

一日中布団の中でYouTubeを見るか、外に出て友達と遊ぶか。もちろん何をもって「充実」とするかはその人次第だ。とにかく、自分なりに充実した時間の使い方ができれば、人は輝くと信じてる。

だからあたしも、限られた時間を有効に使って努力しなきゃ、と一応は思ってる。とは言いつつ、なかなか勉強に本腰が入らない今日この頃だけど。

「沙織おはよう、今日も可愛いね」

ありがとう。伸悟が声をかけてきた。伸悟というのはあたしの脳内にいる彼氏の名だ。あたしにちゃんと可愛いと言ってくれるのは伸悟くらいだ。今まで散々「喋らなければ可愛い」などと余計な枕詞が付けられていたことはあったが、純粋に可愛いと言われることがほぼなかった。そんな不満や、純愛への憧れなど、いろんな思いが絡み合って、伸悟という存在を生み出した。

「今日もお勉強頑張ってね。いつでもそばにおいら様がついてるよ」

伸悟を生み出したばかりで設定が固まっていなかった頃、たまたまひろゆきTwitterを見ていたのもあって、一人称がひろゆき寄りになってしまった。そんなことは別にどうでも良くて、伸悟が応援してくれるおかげで、近づいて来る入試に怯えつつもあたしは日々頑張れている。

「ありがとう。伸悟も筋トレ頑張ってね。あたしも応援する」

「頑張るよ。ああ、今日もおっぱいが痛い……!!」

彼は筋トレのしすぎで大胸筋が発達しすぎてて、歩くたびに振動で胸の筋肉痛がズキズキと来るらしい。

脳内フィットネスクラブで脳内ベンチプレスを始めた伸悟を横目に、あたしは英語の文法問題集を開く。英語は苦手。「英語なんて言葉なんだこんなのやれば誰だってできるようになる」とCMで予備校講師が言っていた気がするが、言葉だからって誰でもできるとは限らないのでは?というか極論を言えば、ルービックキューブとかフラッシュ暗算とかバク転とか、「めちゃくちゃ頑張ればいつかできるようになる」のは、世の中だいたいそうだと思う。

そんなことを思いながら解き進めていくが、どうにも集中が切れてしまう。1、2行の文の穴埋め、下線部の訂正、単語の並べ替え……など、似たような問題を延々と繰り返すのはとにかく苦痛でしかない。囚人にずーっと同じ作業をさせて気を狂わせたという昔の拷問と、形としてはほぼ同じだ。

あまりにも集中できないので、いっそ英語やめて寝ちゃおうかな……と考え始めた時、突然伸悟の叫び声が聴こえた。

「な、なんだ!?やめろ!」

「伸悟!?どうしたの伸悟!!」

あたしは急いで慎吾に意識を向ける。そこには、赤いジャージ姿の集団に身柄を拘束されている伸悟がいた。

「沙織来るな!早く逃げろ!!」

「伸悟!!……あんた達なんなの!?目的は何!?」

あたしが叫ぶと、赤ジャージ集団の中から一人の女が現れた。女はゆっくりとあたしに向かって歩いてきた。女のジャージは一人だけピンク色だった。集団の紅一点なのか?それともボスなのか?しばらく考えていたが、女の顔が認識できるほど距離が縮まって、あたしは息を呑んだ。

その女は、本田望結だった。いや、本人ではないかもしれない。少なくとも、あたしの知っている本田望結と同じ顔をした人間だった。

本田望結です」

本田望結はにやりと笑って自己紹介した。

グロンギになった本田望結なら、「ゾンザリジュゼグ」と言うところだ。

直後、望結は「ブスバサ、ボギ」と呟いたかと思うと、一瞬であたしの顔面すれすれまで飛びかかって来た。

グロンギ語で「来るなら、来い」と言っておいて、お前自分から来るのかよー!!

などと思う暇も無く、望結は素早いパンチを繰り出す。

咄嗟に躱したが、あまりのスピードに避けきれず、あたしは左肩に望結のパンチをもろに食らってしまった。

「う……!!」

思わず呻き声が漏れてしまう。たぶん、肩が外れている。今まで外れたことないからわかんないけど。

それにしても、この女はやはり本物の本田望結ではない。攻撃が重すぎる。

きっと最近あたしがテレビで本田望結を見たから望結の姿を取っているだけで、実体は全く望結とは関係のない存在だ。虚田望結だ。

「あなた……何者?」

あたしの問いに虚田望結は答えず、続けて攻撃を仕掛けようとする。しかし、そう何度もやられるあたしではない。そもそもここはあたしの脳内だ。あたしの想像力でなんだってできる空間だ。

虚田望結がハイキックを食らわそうとしてくるのを、あたしは想像で生み出した鍋蓋で止めた。さながらキャプテン・アメリカだ。なぜ鍋蓋だったのかはあたしにもよく分からないが、持ち手が付いていて防御に役立つものとしては、なかなか良いアイテムだ。

脚を弾き返された虚田望結は少しよろめいたが、すぐに体勢を立て直す。その後もパンチやらキックやらを繰り返してくるのを、あたしは鍋蓋でひたすら防いだ。しかし防御ばかりでは埒が明かない。こっちからも攻撃を仕掛けなければ……。そう思って、あたしはフィットネスクラブにあったダンベルを手に取った。あたしの腕力では武器として扱うには3kgが限界だ。だが打撃武器としては十分な重さだ。

虚田望結の手刀を躱した直後、あたしは隙を見て虚田望結のお腹目掛けてダンベルを振り下ろした。さすがに効いたらしく、虚田望結は後方に吹っ飛んだ。

望結はゆっくりと立ち上がったが、その姿はまるで編集ミスか電波状況が悪い時のように、ブロックノイズが生じていた。そしてその顔は、もはや本田望結ではなかった。本田望結とはまったく似ても似つかない、別人の顔になっていた。その顔は───あたしだ。

「あなた……本当に何者……?」

狼狽えるあたしに、「あたし」は答える。

「あたしはあなた。あなたの脳が作り出した、本当のあなた。高校受験に怯え、恋に恋するあなたの、本当の心が創り出した存在。それがあたし」

そんな……敵はあたし自身の脳内で、あたしの本当の心が創り出したなんて……。それなら、今のあたしは何?目の前にいるのが本当のあたしなら、こうして闘ってるあたしのほうこそ、何者……?

頭を抱えるあたしに、「本当のあたし」は笑いながら言う。

「あなた、そんなところでうずくまってて大丈夫?あなたの脳内彼氏さんが、そろそろ限界かもよ」

そうだ、「本当のあたし」との闘いに必死だったけど、あたしはそもそも伸悟を助けようと……。

伸悟を見ると、赤ジャージ集団にリンチされて倒れていた。

「伸悟!!」

「沙織!来るなって言ったろ!!」

急いで駆け出したあたしに向かって、伸悟が叫んだ。

「おいら様は……もう駄目だ。沙織!そいつを倒せばすべて終わる。そいつは今自分でも言ってた通り、沙織の心だ。だが……それは決して、『本当の沙織』じゃない。沙織、そいつに勝て。勝って、どっちが本当の心か、証明してみろ。君は本当は強いってことを、証明しろ……」

「伸悟……?伸悟!」

あたしがいくら叫んでも、伸悟は答えてくれなかった。目を開いてもくれなかった。いつの間にか、赤ジャージ集団は消えていた。あたしは、静かに眠る伸悟を抱いて泣きじゃくった。

ひとしきり泣いたあと、あたしは立って、「本当のあたし」に向き直った。

「まだ闘うっていうの?そんな状態で?」

嗤う「本当のあたし」に、あたしは何も答えず、ゆっくりと近づく。

そして真正面まで来た瞬間、あたしは想像力を集中させた。フィットネスクラブの景色が、少しずつ崩れていく。スミスマシンが消え、トレッドミルが消え、チンニングマシンが消えた。最終的に、天井も壁も床も無い、真っ白な空間になってしまった。

宇宙が始まる前は、もしかしたらこんな状態だったのかもしれない。その空間に、あたしと「本当のあたし」の二人だけが、存在している。

「ここは……あたしの脳内世界。あたしが創り出した世界。何が本物で、どっちが本当のあたしかは……あたしが決めてやる」

柄にもない決め台詞を吐いて、あたしはもう一度、全想像力を集中させた。

「本当のあたし」の姿が、次第に不安定になっていく。

初めは余裕の表情を見せていた「本当のあたし」だったが、やがて焦りはじめた。

「どうして……?どうしてあたしが、『本当のあたし』が、あなたなんかに消されるの……!?」

動揺している「本当のあたし」に、あたしは言う。

「あたしが消そうとしているのは、あなたじゃない。あたしの恐怖心、弱い心……あなたを生み出してしまったあたしの心。それを、根本から消す」

毎日毎日、近づいて来る入試に怯え、脳内彼氏を生み出して恋に恋していたあたしの心。それが「本当のあたし」を生み出し、結果的に伸悟を死なせることになってしまった。ならば、あたしがその心を消すしかない。

「……さよなら、伸悟。それから『本当のあたし』」

あたしは目を閉じ、最後の力を振り絞った。

「本当のあたし」は、もういなかった。

なぜなら、今はもう、あたしだけが、本当のあたしだから……。

 

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相変わらず騒がしい。沙織は何を一人で騒いでいるんだ。

それにしても、いつも沙織の想像力の豊かさには感心してしまう。

ああ、説明が遅れてしまった。沙織ってのは、俺の脳内だけに存在するイマジネーション彼女の名前だ。

ちなみに、俺は立石伸悟。中学校の教員を目指して勉強中の大学生だが、教員になった時のイメージトレーニングの一貫として、脳内で沙織を生み出した。

受験を控える中3という設定にしたはいいが、いつの間にか恋心が芽生えてお付き合いすることになってしまった。教員と中3の生徒なんて、さすがに禁断の恋じゃないか?

まあいい、どうせ俺の脳内にしか存在しない世界なのだから。

って、俺はさっきから誰に喋っているんだ……。

「どう?今回の物語!囚われた伸悟を救うために、あたしが自分の内面と向き合う!ラブストーリーであり、あたしの成長物語でもあるの!いいでしょ?面白いでしょ!」

「ああ、いいと思うよ。ありがちな設定とありがちな展開だったけどな」

「えーひどい!じゃあじゃあ、こんなのはどう?」

はあ、また始まるのか……。

仕方ない、Waitin' waitin' I'm waiting' for you.

(Waitin' for you……)

And I'm waitin' and waitin' I'm waitin' for you.

 

Waitin' waitin' I'm waitin' for you.

And I'm waitin' for you.

Waitin' for you……